REMINDERS PHOTOBOOK REVIEW #24 裏日本

写真家の幸田大地君による「裏日本」のブックレビューです。

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「裏日本」濱谷浩

率直にいって、僕自身の勉強不足もあり僕は濱谷浩という写真家についてほとんど知っている事はなかった。
昔、「終戦の日の太陽」という一枚を見て色々と考えた事がある以外に特別何かを知りたいと考えた事もなかった。

この裏日本をめくり始めてすぐにある文言。

「人間が人間を理解するために
日本人が日本人を理解するために」

を読んだ瞬間、「終戦の日の太陽」から始まり、この本のなかへ続いていくイメージへつながっていくであろう写真家濱谷そして日本人濱谷の想いのようなものを感じるような気がした。

一枚一枚の写真は、濱谷が裏日本と呼ぶ昭和30、40年代日本海側地域の生活や文化が写しだされている。
とてもシンプルにそこに生きる人たちの姿を記録した写真という印象だった。
雪がふり深く積もる地域に根ざした文化。「古き良き」というようなワードで今なら人々は想像するかもしれないものがそこにある。
ページが進むにつれて雪が溶け人々の表情は少し華やぎ厳しさが薄れていく。
つかの間の太陽の季節を心から楽しむように、人々はそこに生きていたのだろうと考える。
雪国の厳しさを知らない僕には、彼らの深層にある感情を有り体の仕方で忖度するほかないのだけれど、きっと濱谷自身はもっと複雑な想いを抱えてこうした光景に向かっていたのではないかと思う。

1954年濱谷がこの裏日本の撮影を開始した時、それは1945年の敗戦から9年が経過している。
ポツダム宣言を受諾からGHQが日本を占領、天皇が人間宣言をし東京裁判で戦犯が裁かれた。
日本国憲法が施行され、朝鮮戦争による特需を皮切りに日本は高度成長期へ突入する。
そして、1956年の経済白書には、もはや戦後ではないとの文言が含まれた。
この短期間で人々の生活、特に経済成長の恩恵を受ける都市部の生活が劇的に変化していったことを容易に想像できる。
そして、人々の関心はおそらくいかに経済的に豊かになるのかという部分へ集約されていったにちがいない。

そういう変化を濱谷がどのように捉えたのか、僕にはわからないし、加えて当時の空気がどのようなものだったのか
僕は自分の皮膚で感じることもできない。

ただ、日本人が日本人であるためにという一言に、一体どのような種類の想いが含まれていたのか。
劇的な変化をどのような眼差しで捉えていたのか。
少なくとも僕には少しだけ感じることができるような気がした。

農村で貧しく慎ましやかに暮らすこと。
苦境にも耐え忍び、厳しさの中を生きて行くこと。
そういう姿に美徳を感じるべきだという主張は、写真集の中に一箇所として存在しない。

しかし、1957年、濱谷が「日本人」と呼んだ日本人を、今のこの国で見つけるのは難しい事なのかもしれない。

序文で川端康成は、裏日本に向けて「日本の風土と民俗の『かなしみ』」という言葉を用いて、写真に写る光景にその眼差しを注いでいる。
日本の美しさについて小説を書き続けた川端康成の用いた『かなしみ』とはなんだろうか。
戦後という激動の中で目の当たりにしていただろう、抗いがたい流れとその中で薄らいでいく風景。
そういったものへの愛着と哀愁が含まれているのではないかと想像する。

写真は終わりに近づき再び雪景色へと戻っていく。
表情がないように見えたのは、皆深く傘を被っているからだったと気がつく。
傘の下に隠れる人々の表情のなかには、日本人であるために大切な何かが滲んでいるのかもしれない。
「かなしみ」をとおして眺める当時の人間の営みを、今この時代に改めて考えてみようと感じた。

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幸田大地(写真家)

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