本に物質性を宿し、鑑賞を体験に引き上げる 写真作品読解・眼光紙背を磨く #2 ガレス・フィリップス「ザ アビズム」

 先日第一回目が始まったこちらの企画「写真作品読解・眼光紙背を磨く」。
 RPSキュレーターの後藤由美が提案した海外の写真作品をRPS京都分室パプロル分室長で写真家の松村和彦が読み解く、第2回目は、ガレス・フィリップス(Gareth Phillips)のザ アビズム(The Abysm)のオフィシャルウェブサイトおよび写真展のレビューを取り上げます。

ガレス・フィリップスの「ザ アビズム」 オフィシャルウェブサイトのスクリーンショット https://garethphillipsphotography.com/The-Abysm-1st-Edition

深淵を意味する「The Abysm」と名付けられた作品は、命にかかわる病気を患った父親の身体的、精神的な旅を、息子である写真家が共に歩んで記録し、写真集を使った展示で表しています。

以下は松村の読み解きです。


 この作品を見て一番最初に感じたことは、写真は断片だということ、そして、それがたとえ人生のほんの小さな欠片であったとしても、写っている人と撮っている人の一部が確かに閉じ込められるということです。

 一枚一枚、それぞれの写真も目を奪われるものですが、さらに心を動かされるのは、写真家が写真集を使った展示という方法で、いくつもの断片をかき集め、重ねることで、さらに彼の父親に起こったことに近づこうと再構築を行っていることです。

 それは展示の中で、エディション1から3まで、制作の過程として章立てされています。

 エディション1は、19冊の写真集のマケットをインスタレーションとして展示しています。写真の連ね方、写真を破ったりコラージュしたり、実際の感覚に近づけるようにさまざまな表現方法の実験が繰り返されたことがうかがえます。

 エディション2は、幅4メートルの大きなページに、写真213枚を組み合わせたモンタージュになっています。この作品の全容であり、かつ、ところどころに空いた四角い切り取りは父親の身体的ダメージ、そして父親と写真家を含む家族の心理的な喪失を想像させます。

「ザ アビズム」のエディション2 オフィシャルウェブサイトのスクリーンショット https://garethphillipsphotography.com/The-Abysm-2nd-Edition

 そして、エディション3は「最終版」です。穴のようなものが写った大きな写真の前に写真集が置かれ、寿命を連想させる時計が壁に掲げられています。写真の枚数は少なくなっていますが、最も象徴的に主題が抽出された再構築になっていると思いました。

「ザ アビズム」のエディション3 オフィシャルウェブサイトのスクリーンショット https://garethphillipsphotography.com/The-Abysm-3rd-Edition

 ブロンウェン・コルクホーンさんのレビューは写真展を「彼と彼の家族がここまで来るのに耐えた旅を経験し、理解するための方法に挑戦する最終的なプレゼンテーション」ととらえていました。

Bronwen Colquhounさんのレビューのページのスクリーンショット
https://photomonitor.co.uk/exhibition/the-abysm/

 レビューは写真家の試みを「フォトブックというオブジェクトに対する従来の理解を拡張し、変容させるものです」「フォトブックの役割を物体ベースから体験ベースへと見直すという彼の野心の証である」と指摘しています。

 写真の集合体である本を創造的につくり、物質性を宿し、さらに展示と組み合わせることで、「鑑賞」を「体験」に引き上げることができる。そう感じることができた作品でした。 

文:松村和彦 


まつむら かずひこ : 京都新聞の写真記者として働きながら、作品制作に取り組む。前作、「見えない虹」は2019年春に京都国際写真祭KYOTOGRAPHIEのサテライトイベントKG+で写真展を開催。2021年度​​写真新世紀で佳作受賞。写真集に「花也」(14年、京都新聞出版センター)や「ぐるぐる」(16年、自主制作)がある。現在、認知症の取材に取り組んでおり、4月8日から5月8日までKG+SELECTで写真展を開催する。4月よりRPS京都分室パプロル分室長を務める。
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タイトルに使った「眼光紙背」とは、本に書いてあることを理解するだけではなく、深意に届くことを意味する四字熟語。「がんこうしはい」と読む。この連載は眼光紙背を磨きながら、皆さんと一緒に作品を鑑賞することを目的にしています。1回目の記事はこちらから↓
#1 汚泥の中に写真の本質が隠れている? 写真作品読解・眼光紙背を磨く #1 ルーカス・レフラー「シルバー・クリーク」


晴れてこの度2022年4月より本記事の文章を担当した松村和彦がRPS京都分室パプロルにて分室長を務めることが決定いたしました。
就任表明:RPS京都分室パプロル分室長・松村和彦


最後に現在、RPS京都分室パプロル・製本ワークショップ参加申込受付中となっております。
※4月10日締め切り(先着順優先締め切り)

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