ジャンカルロ・シバヤマの作品「彼女は蜘蛛の巣の上で揺れ動く」に寄せて(文・木村肇)(ジャンカルロ・シバヤマとの最近のやりとりから)
木村肇による作品の考察をぜひご一読ください。
皆様のご参加お待ちしております。
ジャンカルロ・シバヤマの作品に寄せて
“She swayed on the webs of a spider”「彼女は蜘蛛の巣の上で揺れ動く」
木村肇による作品の考察
ペルーという国を表す言葉として、「ペルー料理は、他のどの料理とも違うが他のどの料理とも少し似ている」というものがある。
この言葉を額面通り受け取るのならば、土地柄や地形そのものから編み出された多種多様な調理方法、食材、隣国の文化的要素が混ざった末のものと想像できる。実際に国の形は南北にやや長く、西側はその殆どが太平洋沿岸に接しており、海抜ゼロメートル地点から僅か100キロメートルほどの内陸はその大部分が標高6000メートル級の山岳地帯に急変している。そのさらに東側には、鬱蒼としたジャングルの亜熱帯エリアが広がっている。東西南北の全方向、全地域のグラデーション。郷土毎の固有の歴史と、国全体が辿ってきた高度な文明の歴史の変遷が食文化に直結しているといっても差し支えないだろう。だが、先の言葉が孕んでいるもうひとつの意味は侵略と奴隷の歴史そのものとも言い換えることが出来る。現代のペルー料理の多くは、アジア、ヨーロッパ、アフリカの技術を駆使しつつも、アンデス、アマゾンなどの食材をブレンドしている。根菜類、穀物、トウガラシ、ハーブ、アルパカの肉などを主食としていた古代インカに遡る食材も多い反面、中世から現代に至るまで、その歴史の線はまっすぐとは言い難い。食の記憶の網目を辿った先にあるものは、細く、絡まりながら紡錘状に膨らんだなにか。それは単に記憶の上塗りが無限に為された時間の堆積、という言い方も出来るのではないだろうか。
ペルー中部、アンデス山脈とアマゾンの中間。カセリオ・ピメンタルという地域がある。かつて胡椒をペルー全土に供給していた一大産地でもある。1965年、ペルー革命の数年前に日本と中国からの28家族を入植させた。文字通りジャングルであった不毛な地域を彼らに開墾させた歴史がある。日系3世のジャンカルロ・シバヤマ。彼の祖母もまたこの地域に住んでいた、中国からの移民のひとりだった。
記憶という形容しがたい何か。その何かを掴もうとするプロセスを彼は作品の一部に落とし込もうとしている。祖母と自分、自分と他人。彼らの時間の蓄積が人生だとするのならば、その形は蜘蛛の網目のように細く、なにかの拍子で消失してしまうものの集合体が紙一重で体を成しているものに映っているのだろう。実際にシバヤマの祖母は晩年、認知症が進んだ末にシバヤマを自身の孫と認識出来なかったそうだ。
シバヤマはまた、自身の作品についてこのように言及している。
「このプロジェクトでは、祖母が生きた内なる世界と、彼女を取り巻く外側の世界とをつなげようとするもので、祖母の家はこの2つの世界の結節点であり、私はこれらを具体化するために、蜘蛛の巣をビデオに記録した。蜘蛛の巣は祖母の家を支えるマホガニーの壁を結ぶ役割と同時に、時間とともに劣化していく彼女の記憶の神経構造にも例えることができると思う」と。
シバヤマは祖母を歴史の証人そのものと見立てながらも、記憶と歴史は別物である可能性があることに気づいているのではないだろうか。祖母の内なる世界と外なる世界。個人の記憶と我々にインプットされてる歴史。それらはまるで蜘蛛の巣のようにお互いに相容れながらも、ある地点とある地点を脆くも結び続ける希望的な役割と、いつ如何様にも変わってしまうことが決定づけられているものとしての虚無的な有り様と。
蜘蛛は自身が亡くなったあとも、糸せんと呼ばれる部位から糸を抽出できることが分かっている。しかしながら、人がその糸を取り出そうとしても必ず切れてしまう。生きている蜘蛛からしか紡がれることのできない構造物はまるで記憶の体そのものの様に、彼らが亡くなった後には、その形を留め続けることなく消滅してしまう。シバヤマはその記憶の動態や概念をできる限り緻密に表象させたいと願っているのだろう。
文・木村肇
彼女は蜘蛛の巣の上で揺れ動く
私は、記憶とその儚さ、人生の記録としての記憶、アイデンティティの形成、祖母カルメラの家での家族としての記憶、絶えず変容するアイデンティティの記憶について研究している。
プロジェクト全体は、アマゾンのジャングル、ウカヤリ川のほとりで構成されている。この地域は、1965年にペルー全土に供給する胡椒の木が80ヘクタールまで達した「カセリオ・ピメンタル」と呼ばれる地域の日本植民地(当初は28家族)を収容していたところだ。
私の祖母(中国人の子孫)は、ペルーのアマゾンで、自身の生活を取り巻く都市がどのように発展していくかを目の当たりにしながら成長してきた。
このプロジェクトでは、祖母が生きた内なる世界と、彼女を取り巻く外側の世界とをつなげようとするもので、祖母の家はこの2つの世界の結節点であり、私はこれらを具体化するために、蜘蛛の巣をビデオに記録した。蜘蛛の巣は祖母の家を支えるマホガニーの壁を結ぶ役割と同時に、時間とともに劣化していく彼女の記憶の神経構造にも例えることができると思う。
ステイトメント文・ジャンカルロ・シバヤマ
作品がうまれるインスピレーションとなったイメージ