3BOOKSイベントレポート:Jason Larkinメールインタビュー

8月25日に開催された写真集イベント3BOOKS「歴史的事象は視覚的に検証する」
当日、メールインタビューに応じていただいた写真家Jason Larkinとのやり取りを公開致します。
ぜひご一読ください。


「歴史とは過去のRepresentation/表象である。」目の覚める思いでJason Larkinの『PAST PERFECT』のステートメントを読んだ。その一文はこのように続く、「それ(歴史)は記憶とオブジェクトによって再構成され定義される。」つまり歴史とは客体として外部にあるものではなく、国の、あるいは文化の記憶やイデオロギーによって構成される。この歴史認識のプロセスの中で事実とフィクションは見分けが付かず、凄惨で複雑な戦争の歴史は単純化される。

Jason Larkinは1979生まれ、イギリスの写真家である。長期取材のドキュメンタリー、社会環境やランドスケープのルポータージュで知られている。主なプロジェクトはエジプトの首都カイロの近代化による軋轢を取材した『Cairo Divided』(2011)、また南アフリカの金鉱山を取材した、『After the Mines』 (2013)がある。今回の3BOOKSのテーマ「歴史的事象は視覚的に検証する」に合わせて、彼が現在取り組んでいるプロジェクト『PAST PERFECT』(2008-2016)を紹介した。『PAST PERFECT』は戦争や紛争を扱った公的な博物館を取材し、その一国の歴史がどのように視覚的に再構成/表象され、アーカイブ化されているかを示している。Jasonのウェブサイトを見ると精密とは言えないジオラマの戦場の中で、張りぼての戦闘機や軍艦が配置され、マネキンや模型の兵士達が戦場の一場面を再現している。このプロジェクトは現在までに、キューバ、エジプト、イスラエル、イギリス、アメリカ、ベトナムの戦争博物館を取材している。

©︎Jason Larkin / PAST PERFECT

とりわけ私の興味を引いたことは、事象(戦争)があり、それに対する造形的な再構成がある。さらにそれをJason Larkinが撮影する。この三重のプロセスの中で表象の意味はその都度転調する事だ。
最終的にJasonの写真の中では、戦争に勝利する高揚感も敗戦の悲劇性も感じられない。イデオロギーはJasonの写真の中で骨ぬきにされ、むしろ博物館内の空虚さを暴露している。

より深くプロジェクトを理解するために、メールインタビュー行った。

【質問1】

過去作品、『Cairo Divided』と『After the Mines 』は近代化、産業社会が生む軋轢を捉えているように思えます。時代状況や社会環境、自然とそこの暮らす人々、それは常に変化している現実です。その一方『PAST PERFECT』はより静的で動きの無い世界のように思えます。本作と過去作との違いはありますか?もしくは一貫して共通する要素はありますか?


『PAST PERFECT』は2008年にエジプトに移住した時に始めたプロジェクトでした。より多くの国で撮影を続けたいと思っていたものの、他の企画に夢中になり、進行の遅いプロジェクトです。
私はいつも、より大きな背景を含むストーリーに魅かれています。とはいえ、必ずしもイメージの中にその背景は視覚的に描かれている必要は無く、イメージが含み得る意味や物語として、その大きな背景をどのように描けるかに興味があります。『Cairo Divided』と『After the Mines 』は大きい歴史的な遺産を扱っていますが、と同時にこの先どのようになるかが解らないような「未来の不確かさ」をも表しています。『PAST PERFECT』は過去と未来その両方の領域に跨るプロジェクトです。博物館内の展示物は過去の反映であると共に、不確か未来を示すものです。

©︎Jason Larkin / PAST PERFECT

【質問2】
『PAST PERFECT』は皮肉の効いたタイトルですね。戦争博物館のイデオロギーに由来するかと思いますが、タイトルの意味をより詳しく教えてください。

→字義通りの意味がまずあります。私達は過去を振り返る時の眼差し。
更に戦争博物館やアーカイブ機関が陥りやすい過ちを示しています。つまり、不都合な部分を取り除き、許容しやすいように過去を解釈してしまうこと。多義的な歴史認識に目を背け、一面的で単純な歴史観を示すことです。

【質問3】
『PAST PERFECT』はまだ本の形態にはなっていませんが、出版の機会があればどのようなものとなるでしょう?

→大判の写真集として出版する計画は過去にありました。レイアウトはシンプルに、そして幾つかのテキストが掲載できればと思ってました。テキストは記憶や戦争、そして博物館の機能についてです。しかし出版社は興味を示してくれるものの、ご存知のように彼らにも予算があります。過去のプロジェクトは全て外部のドナーやグラントの協力があったんですが、今回はまだそういった協力を得られていない状況です。とはいえ契約等でがんじがらめの写真集産業にはちょっと懐疑的な気持ちもあります。

南アフリカに移住した経験もあるJasonに、こんな質問もしてみました。

【質問4】
南アフリカでは植民地化時代、またはアパルトヘイト政権時代の過去を紹介するような博物館はありますか?人種のバイアスや、イデオロギー、単純な歴史認識を抜きにして公平な博物館は作ることは可能ですか?

→南アフリカでは暴力的な過去を扱った博物館はたくさんあります。
私がかつて訪れた場所に関して言えばニュアンスを含み、良心的なキュレーションで、訪れる人にバランスのとれた信頼出来る情報を与えています。南アフリカもアパルトヘイトが廃止し民主主義となり20年、この状況で極端に偏った歴史観を示すことはむしろ難しいようです。

【質問5】
博物館の撮影許可はどのように得ますか?博物館はあなたのプロジェクトに対してどのように反応しますか?

→実際のところ、撮影の許可はどの美術館でも得ていません。とはいえ撮影は禁止されてはいませんし、むしろ推奨されているくらいです。例えばイスラエルの博物館では、カメラの使用に関して追加料金が必要となります。今回のプロジェクトに関して、博物館内は全て三脚の使用が禁止されているので、撮影はその点が難しかったです。

©︎Jason Larkin / PAST PERFECT

【質問6】
国の戦争認識は敗戦か勝利か、そのどちらかであると思います。しかし貴方の写真の中では、勝利の高揚感や敗戦の悲劇性を見出すことが難しい。
それはあなたの狙いでもありましたか?理由を教えてください。

→このプロジェクトに関して、国ごとに章立てて分類することはしませんでした。それはこのプロジェクトが過去というものをどのように認識するかをテーマとしているからです。つまり歴史そのものではなく、どのような「美的意匠」をまとってそれが表象されるのかに興味がありました。世界中の戦争の暴力がいかに凡庸な方法で紹介され普及されるかに焦点を当てたかったのです。

【問7】
今回の3BOOKSのテーマは「歴史的事象を視覚的に検証する本」です。
このテーマに関連して、あなたに影響を与えた、または好きな写真集を3冊教えてください。


Simon Norfolk『Cronotopia』(Dewi Lewis Publishing, 2003)
アフガニスタンの戦争を扱った力強いプロジェクトです。国が戦争により完全に破壊される過程を包括的に示す作品です。
しかし小さな視覚的なヒントによって、生命がどのように生きながらえたのか、またそこにあった「生」がどのように変わらざるお得なかったのかを見る事が出来ます。

Simon Norfolk『Burk+Norfolk』PHOTOGRAPHS FROM THE WAR IN AFGHANISTAN BY JOHN BURKE AND SIMON NORFOLK (Dewi Lewis Publishing, 2011)
同じくSimon Norfolkのプロジェクトです。80年前のアフガニスタンにて、当時のイギリス軍を撮影していたアイルランドの写真家によるアーカイブ写真を使用しています。Simon Norfolkはその写真と似せて現在のアフガニスタン(アメリカ軍の進駐)を撮影したばかりでなく、その当時と現在が変わっていない事を示しています。とてもシンプルなコンセプトだけど、憂鬱になる本でもあります。

Richard Mosse『Infra』(Aperture, 2012)
長く続いたコンゴの戦争と紛争を外部から視認し、視覚的に力強く表現している本です。


Jasonとのインタビューは以上。彼自身のプロジェクトもそうだが、国が抱える複雑な問題をいかに外側から接近し、視覚化し得るかに興味があるようだ。彼が推薦してくれた3冊はいずれもそのようなプロジェクトのように思えた。
またアーカイブが抱える矛盾、美化や単純化、取捨選択し都合の良い事実だけを羅列する事は何も国の博物館だけに限らない。例えばそれは近年の写真家が行うプロジェクトのあり方にもついても言えるかもしれない。写真プロジェクトが依拠するいわゆる「アーカイブ」資料を、疑いもなく、(共通認識としての) 事実として提示する危うさを示しているのようにも思える。
記憶とは一つの世界観によっても構成される。過去、歴史、記憶、アーカイブについて再考を迫られ、改めてその上で「事実/fact」や「真実/truth」とは何かを問うプロジェクトだと思う。

文責 : 吉國元(アーティスト、3BOOKS発起人)

©︎Jason Larkin / PAST PERFECT

©︎Jason Larkin / PAST PERFECT

©︎Jason Larkin / PAST PERFECT