写真集のどこをめくっても出て来るのは僕である。(藤元敬二との最近のやりとりから)
遡れば一番最初の出会いは唐突に作品を見ることになった2012年、得意の口笛を吹きながら現れ、他人を寄せ付けないそんな雰囲気が強く漂っていた。当時の彼の写真に対する印象はあまり良くはなく、独りよがりで勘違い甚だしい、謙虚でもなく何を得るために助言を求めに来ているのか謎、という第一印象。
なぜか縁があり、同じく2012年に開催したドキュメンタリー写真ワークショップにも彼の姿があり、ワークショップの期間中は存分にやりとりが出来たと記憶している。その後も、適度の距離を保ちながら縁は続き、2016年5月に写真家ヤン·ラッセルと開催した写真集制作ワークショップPhotobook as objectにも参加していた。
ほぼ、本の完成は無理ではないかと気が遠くなるほどのやりとりをし、不器用で本作りには向いていないのではないかと何度思ったことか知れないが、彼の純粋で繊細な才能に気づくきっかけとなったのはこの作品だった。彼のアーティストブック第一弾となる「Forget-me-not」には写真だけではなく、彼が描いてきた絵や日記が使われているが、それがとても良い。製本も結局一番シンプルながら、とても意味のある方法となった。全てにおいて無頓着な性格なのかと思っていたが、彼はこの本を本当に愛しながら制作し、人に届けようとしているということがよくわかる。
つい先日「由美さん、今思うことを素直に心から出して書いてみました。」と連絡が来た。
今回は送られてきたその文章をご紹介したい。
RPS後藤由美
僕はあまり感情的なタイプではないと思う。それは僕が同性愛者であり、感情を隠して生きることに慣れすぎてしまっているからだろう。
中学校にいた頃にはゲイであることには気がついていた。もちろん誰にも言えなかった。いつも俗世間から外れた人間だと思っていた。集団行動など大嫌いだった。恋をしてみたかった。好きな人と一緒に手を繋いで道を歩いたり、、、当たり前のことをしたかった。それができなかったから、心の中で普通に生きる人間を蔑むことで自分を保っていた。
現実逃避をしたくて旅に出た。英語もできないくせに海外の大学に行くことを決めた。とにかく人と違うことをすることでプライドを保とうとした。二十代後半でカミングアウトをした時、新しい人生が歩めると思った。しかしそれは違った。ただ自分が苦しい胸の内を吐き出し、自己満足しただけのことである。両親は顔にも口にも出さなかったけれど、きっと辛い思いをしていたことだろう。
ゲイであるということは、なにも男が好きなだけのことではない。自分の素直な気持ちを誰にも言えず悶々と過ごすその時間の長さ。その中で何度も自分を見失ってしまいそうになる心と一人ぼっちで向き合い続けるのである。いつの世も世間は少数者に冷たいものだが、今や慣れすぎて、それを冷たいとさえ感じられない。
しかし僕はゲイであってよかったと思っている。もしも不自由のない生活をしていたら聞こえてこなかったであろう音、見えてこなかったであろう色に気がつくことができた。その音や色とともに眺めるこの世は美しい。
そんな当たり前の数々のことに僕はこの年になって初めて気がついた。それは僕が写真集『Forget-me-not』を生むことができたからだ。この写真集と向き合い続けた日々は僕が自分自身と向き合い続けた日々だ。一人の男が広島県福山市に生まれ成長していく。保育園、小学校、中学校、高校を経て東京へ。やがて現実逃避に旅を始め、アメリカの大学へ。卒業後もネパールやニューヨークで過ごし、写真を撮り始める。そしてアフリカに暮らす同性愛者たちを撮影するためにケニアへ。
写真集のどこをめくっても出て来るのは僕である。笑う僕。悩む僕。放浪する僕。そんな僕の視点が捉えるケニアやウガンダの友人たち。きっと僕にとっての性とは、ゲイであるということではない。悩み、積み重ねた僕の頭や体に染み付いている僕自身なのだ。それは全人口の5%の事実ではなく、世界75億人中、たった一人の物語なのだ。そのことに気がつかせてくれた写真集『Forget-me-not』は僕の宝物だ。
「この物語はあなた自身の物語。本当にその編集でいいの?」
写真集を編集していた頃、Reminders Photography Strongholdの後藤由美さんは何度も僕に声をかけてくれた。自分が撮影したアフリカの友人たちの姿ではなく、自分自身を物語の中心に据えること。それは故にアフリカに暮らす友人たちへの敬意でもあるのだと。この何度もの励ましがなければ僕は写真集をまとめることはできなかった。それは言い切れる。
今はただ願っている。この本が僕の様に社会と自分とのギャップに悩む人たちの手元に渡ることを。堂々と本棚の目立つ場所に置かれていなくてもいい。そっと寄り添う様に、体に近い距離で呼吸を続けてくれることを。
僕は生まれ年にちなんで発行部数を83部とした。それを一つ一つ自分の手で一から縫い上げる。この本を所有してくれる生きづらさを抱えているのであろう誰かを思い。時間はかかっても構わない。僕も自身を受け入れることに長い年月を費やしたのだ。
藤元敬二
写真集は2019年7月をもって完売となりました。皆さまありがとうございました。
本作は「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」の一環で行われるKG+Selectに選出されました。
4月12日から5月12日までの期間には藤元氏を含む計12名の展示が京都市下京区の元・淳風小学校の各教室にて開催されます。ぜひご期待ください。
KEIJI FUJIMOTO IS WORKING FOR HIS ARTIST BOOK “FORGET-ME-NOT” from REMINDERS PHOTOGRAPHY STRONGHOLD on Vimeo.