【イベントレポート】写真家と写真集をレビューする日:ピョートル・ズビエルスキ(Piotr Zbierski)

2018年5月20日に開催された写真家と写真集をレビューする日のトーク内容を一部記事として公開いたします。ぜひご一読ください。

今回のゲストはポーランド出身写真家ピョートル・ズビエルスキ(Piotr Zbierski)清里ヤングポートフォリオのレセプション参加のために来日されました。

また彼は第17回RPSグラントの受賞者でもあり2019年にRPSにて展示を開催する予定です。ぜひご期待ください。

今回のトークでは写真集「Push the sky away」の内容を始めとしたお話をしていただきました。

この写真集は「Dream of white elephants」「Love has to be reinvented」「Stones were lost from the base」の3章によって構成されています。旅をしてそこで出会った人、光景、自分自身の感情を写真化しています。
3章に分かれているとはいえ、それらの内容は厳密に独立しているのではなく、それぞれの章が並行して存在し、同時進行しつつ交差するものです。どの写真をどのタイトルに当てはめるなどと分けられるものではなく、それぞれのステイトメントと内容を照らし合わせる必要もないものだと彼は言います。

写真集は各言語版3種、カバーの異なるものを用意しています。(内容は同じ)
英語版:Dewi Lewis publishing 、フランス語版:Andre Frere Editions 、ポーランド語版:Wydawnictwo Szkoły Filmowej
RPSでは英語版を署名付きにてご用意しております。詳細はこちらから。


左からフランス語版、英語版、ポーランド語版

ピョートルは自分の写真において、人との出会いは欠かせないものといいます。
そして重要なことは効果ではなく理由であると。
人との出会いによって生まれる感情を拾い上げ、それらを個人的な日記としてではなく、ささやかな(小さくとも確かな)個人に起きた出来事の差異の中から人間に共通する普遍的な感情を提示していく行為でした。技術的な制約があるとはいえ、表現する内容には制限がないとも言っています。


【Dream of white elephants】
これは彼が20~23歳の時に取り組み、メモのように撮られた写真群です。
写真家としてのキャリアをスタートし、自分自身を写真家として問うような時期だったと言います。やはり撮りたい対象は「人」であるとに気づき、限られた時間の中で自分には何ができるのかを考えていたと。重要なのは具体的な場所や人ではなくその時の感情、意識のあり方だったのです。

一方、感情というものは作家の主観であり、それらを表現する際にはとても曖昧で他者に届きにくいものであると後藤氏はいいます。
それに対しピョートルは「確かに感情は主観的であり共有しにくい。しかし感情の表し方は歴史的に見ても古今東西そう変わりのないものだと思う。感情の表し方や身振りは客観的なものであり、自他を超えて普遍的なものである。」と返答します。

 

©︎Piotr Zbierski / Push the Sky Away

ピョートルには独自な視点があり、それが魅力であると後藤氏は続けます。
例えば一般的に思われる「東京」は喧噪に溢れていますが、彼は東京という街に対して静かで穏やかな場所、心地が良いというイメージを持っています。この街にあと1ヶ月でも住み続けていたらその印象は変わってしまうかもしれませんが、一般に言われるイメージ以上に自分がそこで体感したもの(印象)を自分の中に持つことは重要なのではないでしょうか。


【Love has to be reinvented】
これは美しい女性に出会った事をきっかけに始まったプロジェクトです。
その出会いは生きることの素晴らしさを教えてくれたと同時に、その女性とはすぐに別れることになってしまい人生は驚くべきものだと感じたといいます。
この章の頃からポラロイドカメラを使い始めます。それは彼女のカメラでした。

彼はポラロイドカメラをとても興味深く扱い、解釈します。光、湿度、熱。この3つの要素によってイメージは作り出されるため、環境によっては失敗を生む可能性もあります。しかし、彼はそのような偶発性がむしろ良いところなのだと言います。つまりそれは自然の成り立ちに近く、あたかも世界を再創造していることに似ているからです。彼はそのように偶発性を招きいれる意味で、フィルムカメラを意図的に露光し、イメージにノイズを引き入れます。

空想というものは表現者の発想を豊かにする素晴らしいものだと後藤氏ら相づちを打ちます。

©︎Piotr Zbierski / Push the Sky Away


【Stones were lost from the base】
彼は人生において、自然のことを観察するのはとても重要な行為だと考えています。

宗教の発生 (previous relegion)とそれ以前の信仰 (rituals)について、彼はその思考を軸に第3章「Stones were lost from the base」を構成します。そもそも信仰は自然の観察から生まれます。またパーソナルな視点はこの章において最終的に普遍性へとたどり着きます。ピョートルは自分固有の経験すら、写真を他者に見せることによって、自分から遠のいていく感覚を持つようだと言います。第2章はあるイメージによって終わり、第3章はその同じイメージによって始まります。それは日蝕を撮影しに行ったロケーションで偶然目にする浜辺の朽ちた木のイメージです。

その日は皆既日食を目的に撮影に出向いていました。
しかし結局その撮影が叶うことはなく、その代わりにこの景色に出会えたのです。

©︎Piotr Zbierski / Push the Sky Away

これは木の写真であるが、人(髪の長い女性など)に見える人もいるかもしれません。自然に人の姿を重ねる、それこそが信仰であり宗教の始まりを感じるものの見方です。信じることは受け入れることが必要なのです。

この経験は写真の中にすべてを込めなくてもいいのだということを教えてくれました。
見ようと決めていても叶わないことはあります。しかし逆に、思ってもみなかったような出会いにこそ価値のあるものなのかもしれないと思うのです。

ピョートルは今回の写真集の写真の選定や並びなどをすべて自身で行い、テキストのレイアウトのみをデザイナーに依頼したといいます。
彼は膨大な量を撮影しますが、写真として見せるのは1~2%ほどにすぎないと言います。大量のフィルムの中からその物語を語り得る写真を選択していくのです。その物語のためには、時に自分の中で大切だと思っているものも切り捨てなければならず、そこで写真家は自分自身と戦うのです。
一方、使用せずストックに回った写真も自分の写真であることに違いはありません。本当にプライベートなものと言えるものはこれらの使用しなかった写真だそうです。

【タイトルについて】
ヨーロッパでは「空」は宗教的に恐怖を引き払うという意味合いを持ちます。
また白い象(「Dream of white elephants」)はインドの文化に関係があり、理想としての幸福の象徴とされます。また余談ですがwhite elephantsは同時にヨーロッパでは商業的用語の比喩でもあり、それは倒産寸前である事を意味しています。
すなわち平均的な幸福はあるが本当の意味での幸せは訪れていないこと、最終的な幸せにはたどり着かないということです。これらは制作につながっている考え方なのではないかと思ったといいます。

自然とカメラ、対象が合わさる事で作品は生まれます。
つまりコントロールしきれない領域によって作品が生まれる事を意味します。

創造性に対して何を求めるか。
詩人は幻覚によって世界を再解釈していると言われます。
また例えばポーランドの詩人の言葉で「人生は数行の言葉で言い表せるかもしれない」というものがあります。
まさに私たちの人生で起きることは小さな真実のバリエーションにすぎないのかもしれません。だからこそ丁寧に綿密にそれらをすくい上げていくのです。

写真・文責:久光菜津美
編集:後藤由美、吉國元