「心の糸 – 写真が人々の理解を導く役割を果たすように」(松村和彦との最近のやりとりから)

2023年4月14日から始まったKYOTOGRAPHIE、京都国際写真祭。2022年、RPS京都分室長でフォトジャーナリストの松村がKG+セレクトグランプリ受賞、今年KYOTOGRAPHIE個展「心の糸」を披露することになり、展示のキュレーションを担当することになった。今回は閉幕に迫ったこの時期に、最終までより多くの方々に足を運んでいただきたく、キュレーターとして記したステートメントをここにご紹介したいと思う。

心の糸 / 松村和彦

 松村とのそもそもの出会いは2011年、私が講師を担当したワークショップに京都新聞社写真部で勤務する彼が参加してきたのがきっかけだった。誠実でありのままを切り取る、美的感覚も完璧な彼の写真から、その空気感と美しさは伝わってきても、なにかそれ以上に説得力のある作品からの声を聞けなかったように思う。そこから縁は繋がって、東日本大震災で現地の子どもたちと取り組んだプロジェクトでも、彼は一員となって、仕事の合間を見ては現地の活動に京都から参加し、発表の機会には写真記者として子どもたちの撮影や取材を手引きし、尽力してくれた。常に仕事から離れたところでも、個人として、社会の一員として何が出来るのか、そのための「写真とはなにか」を命題のように抱えていたと思う。

 その彼が京都・西陣で地域医療に人生を捧げた早川一光先生を2017年に取材していたころ、京都で認知症の国際会議が開かれた。それを機に早川先生が医師として長く関わっていた認知症についてフォトストーリーが作れないか考え、この長期プロジェクトは始まった。そして、この取材を通して松村は「写真とはなにか」とより一層向き合うことになる。松村の作品の変遷を語る上でも大きな転換となる時期であった。人の目には「像」として見えにくい認知症を可視化し、社会に一石を投じる試みに取り掛かることになる。

 最初に取材したのは夫が行方不明になった一人の女性だった。認知症の人が行方不明になるのは社会的な問題となっている。実際にこの女性も夫が行方不明になってから数カ月後に亡くなっていたという事実を知る。

 過去に起きてしまった事実をどう表現するのかという大きな課題が、撮影を始めた松村の前に立ちはだかった。この女性に夫がよく訪れた場所を教えてもらい、誰も人がいない風景だけを撮り、それで夫の不在を表そうと試みた。女性が夫を探して辿ったという道も撮影した。そこで松村が感じたのは、辛さや悲しさだけが表現され、人々が「徘徊」と呼ぶ無機質な、悪い印象を抱くものをただ撮っているだけではないか、伝えたいと思う実際の認知症の姿とかけ離れたものになっているのではないかということだった。誤解を生まないように伝えようとすることで、松村の取材に対する姿勢はより慎重になり、今まで無意識に使っていた言葉の一つひとつが持つ意味と人に与える印象も意識して対象者と向き合い撮影を続けていった。表現すること、伝える使命を模索しながら経験を積む、そんな日々のなかで、一層認知症について理解を深めていることを感じ、自分に起きているこの変化こそが、彼が社会に、人々にも望むことだと実感した。 

 認知症の視覚化への挑戦は対象者への聞き取りから始まり、撮影方法の相談、それぞれを取り巻く世界に近い「像」を求め、共同で作品制作を行う形に向かっていく。今回の展示でまず最初に展開する世界は、認知症の人や家族の証言に基づいて撮った写真で構成されている。一般的に人々が認識している認知症と、取材を通して松村が理解した世界観の違いを表現し、その距離を埋めるというこの作品の最大の課題を提示している。人々が認知症に恐怖を感じる世界観を作り出すのではなく、自らの写真が人々の理解を導く役割を果たすように、取材を通し得たインスピレーションが写真と結びつき表現となって展開している。

 認知症の症状は、一般的に正しく理解されていない。忘れてしまうということは知られているが、その他にも、時間や場所の感覚がなくなるとか、考えがまとめられないとか、様々な障害があることを理解することが必要だ。ある元日の朝起きると、夫である自分を見る妻の様子が違っていたというご夫婦の関係性を表した展示空間がある。自分のことを「お父さん」と呼ぶ妻がいた。配偶者だと認識できなくなった妻との「心の糸」が切れた瞬間だったと夫は語った。それは非常にショッキングな出来事だったが、夫は妻の「父」を演じることで、心の糸を繋ぎ直したという。認知症には実に多くの障害があり、その障害によって人と人をつなぐ心の糸が切れてしまう。一方で、人はその切れた糸を繋ぎ直すことが出来る、または繋ぎ直そうとする生き物であることも、この取材経験から松村は教えられることになる。

 認知症の写真表現に悩む松村が、認知症の男性に認知症を表現するとはどういうイメージかを尋ねると「写真を撮るということは祈りである、今を記録出来る写真というメディアは切実である」と彼に語って聞かせてくれたという。では、認知症ではなくとも知ろうとする立場の松村が、認知症の世界をどう写真で表現するのかと思い尋ねてみると「現実として多くの人が経験する可能性があるからこそ、その世界を正しく理解し、認知症になっても失われない人生の美しさと価値、日々の暮らしにあるささやかな幸せを写し撮り、気づいてもらいたい。そして、一人ひとりが、老いていく過程にも輝く人生の機微を見出せる社会になってほしい。ときに悲しい事実も伝えねばならないが、認知症の人たちの貴重な時間を切り取るからには、人生を祝福する想いが宿った写真を撮りたい」と答えが返ってきた。

 撮影する者の役割は、自身の写真で人々が動くことで果たされるのではないかと思う。そして、想いだけでなくそれを実現させなければならない。松村のこのプロジェクトを見守り、やりとりをする中で、彼にその覚悟があると実感した。そして、この展示がさらなる機会に繋がり、プロジェクトが発展していくことを願っている。

後藤由美|キュレーター

2022年KG+セレクトでの展示風景、KG+セレクトグランプリを受賞し、2023年KYOTOGRAPHIEのメインプログラムで展示する機会を得た。当時の松村(左)と後藤(右)

2022年KG+セレクトグランプリを受賞発表時の松村。KG+運営のみなさん(左手)、今回八竹庵という「心の糸」に最もふさわしい会場を用意し展示実現に向けて導いてくれたKYOTOGRAPHIE、ルシール・レイボーズと仲西祐介氏(右手)。

2023年KYOTOGRAPHIEメインプログラム「心の糸」展示風景以下。

心の糸 / 松村和彦

心の糸 / 松村和彦

心の糸 / 松村和彦

心の糸 / 松村和彦

心の糸 / 松村和彦

心の糸 / 松村和彦

是非、会場で実際に心の糸を手繰って下さい。
そして、最後に、この展示と写真新聞制作に関係したすべての皆さんの類まれない尽力に心より感謝します。