藤井ヨシカツ 写真集「Hiroshima Graph – Rabbits abandon their children」The Anamorphosis Prize 受賞を受けて
2016年の写真集制作マスタークラスに参加し新たなプロジェクトで写真集制作に取り組み完成された藤井ヨシカツさんの「Hiroshima Graph – Rabbits abandon their children」がThe Anamorphosis Prizeを受賞しました。
The Anamorphosis Prizeは自費制作、出版を対象にした写真集賞で、2015年から3年連続で開催されています。ショートリストとして選出される20冊はニューヨーク近代美術館MoMAの図書館に収蔵されます。そしてグランプリに選ばれた受賞者には賞金1万ドルが授与されます。
藤井さんは過去にも一度ショートリストに選出されており、今回もショートリストを経て受賞となりました。
今回はその受賞にあたり、The Anamorphosis Prizeより公開された審査評を和訳、また藤井さんの受賞に関する感想をあわせてご紹介したいと思います。
The Anamorphosis Prizeは日本ではまだ認知度の低いものですが、これまでにもRPSのワークショップ、マスタークラスからは毎年2名のファイナリストを輩出しています。
藤井ヨシカツ写真集「Hiroshima Graph – Rabbits abandon their children」は残り部数が少なくなっておりますがまだこちらでもご注文いただけます。写真集の詳細につきましても掲載しておりますので、ぜひご覧ください。
【 The Anamorphosis Prize 審査評 】
ウサギは獲物。
ウサギは獲物として常に注意深く生きることを強いられている。我々はそれを模倣することで、安全に生きるという恩恵を受ける。ただ、ほとんどはそうなっていないのだが。しかし、少ないながらも当てはまる人たちもいる。アートの美点をもって、彼らは他者が手放そう、忘れよう、隠そうとするものを教えてくれる。アーティスト藤井ヨシカツは、そのような一個人であり、藤井の卓越した写真集「Hiroshima Graph – Rabbits abandon their children」がその手段となっている。
新たに撮影された写真、アーカイブ、インタビュー、絵画、図表を大変独特で創意あふれる手法で使うことによって、この本は広島県大久野島の歴史を語っている。多くのウサギの可愛らしい姿を見ることのできる観光地として、今では「ウサギ島」として知られているが、戦時中の大久野島には恐ろしい真実が隠されていた。極秘の毒ガス工場のあったこの島は、地図からも消され、地元の人びとや工場の労働者たちは口外することを禁じられていた。この島で作られていたものは、これら死をもたらす恐ろしい製品の被害者たち、製造の強制労働に従事した人びとに苦悩をもたらした。
戦争中、ウサギは様々な毒ガスの効果を試すための実験に使われていた。今日、天敵のいないこの島にはウサギが増え、餌をもらおうと観光客たちにしきりに親しげに近づいてくる。
見事に製本され、人を引きつける力をもったこの本の中で、すばらしい芸術のみが許される手法をもって、藤井は我々にストーリー、時間、場、そして苦しみに耐えた人びとのことを語っている。読者たちはこの本を見て、読んで、熟考し、自分と向きあい、そして学ぶ。そうすることにより、我々は遠くない昔に大久野島で起こった恐ろしい間違いと恐怖、また世界のあちこちで繰り返される不幸な出来事を二度と起こすことがないように、希望と共感を持つのだ。
我々は、祈る。
(翻訳文責: 奥山 美由紀)
【 受賞感想文 】
まずこの賞と素晴らしい審査評をいただき、The Anamorphosis Prize審査員の方々に深く感謝します。
個人的には1度見ただけでは理解しづらい写真集であり、どちらかと言えばコンペティション向きの本ではないのではないかと考えていた。しかしこの審査評からはインタビューや索引まで繰り返し読み込まれていることがとてもよく伝わってくる。そして、その上で評価をいただきこんなに嬉しいことはない。
なぜコンペティション向きの写真集ではないと考えたかというと、収録した膨大な文章量にある。
新聞記事などの資料や解説に加え、大久野島で働かれていた方3人のインタビューは日本語で各1万5000文字にのぼる。それだけの文章を審査の限られた時間の中できちんと読んで頂けるとは思いもよらなかったからだ。
この島の複雑な歴史を国境を超えてきちんと理解してもらうには、写真だけでなくこれだけの文章量を日英両文で収録する必要があると考えた。
また大久野島について書かれた書籍を当たってみても、過去にこれだけまとまったロングインタビューは書籍化されておらず、このほんが間違いなく歴史に残る(残さなければならない)と考えた。理想は、写真集だが歴史書、ノンフィクション、ガイドブック、参考書でもあるような本だ。
そして何よりその証言は戦争の悲劇的な側面ばかりでなく、辛い労働の毎日の中でも希望を持ち1日1日を生きていたことが分かるとても興味深い内容だったからに他ならない。
そうした理由から出来る限り全文掲載する道を選択したのだが、それをどうやって1冊の写真集の中に収めるのか?という技術的な問題に悩まされることになった。しかも工員手帳風の小さなブックレットにして挟み込む形にこだわりがあったが、どうしてもその部分が膨らんでしまい不格好になるのだ。
そこで用紙は藁半紙を使用することにした。それによって随分薄くすることに成功し、昔の書籍の風合いも出すこともでき一石二鳥であった。
また背の部分にハードカバー作成で余った厚紙を上下に貼り付けることで、背と小口の厚さが均一になるよう調整した。
そして英訳文は、観音開きの内側に収録したり別冊に分けたりと、様々な工夫を経て美しさを損なうこと無くまとめることができたと思っている。
証言者、校閲、イラスト、翻訳、英文校閲にご協力いただいた皆様。そしてRPSフォトブックマスタークラスでご指導いただいたトゥーン・ファン・デル・ハイデンさんサンドラ・ファン・デル・ドゥーレンさん、後藤由美さん。皆さんの協力なくして本書は完成できなかった。この受賞が大久野島への注目に繋がるのであれば、その恩に少しでも報いることになるだろう。
私は、審査員評にもあるように「この本を見て、読んで、熟考し、自分と向きあい、そして学ぶ。」ためにこの本を使って欲しい。そして願わくば、一人でも多くの人に一度大久野島を訪れて欲しいと願っている。
藤井 ヨシカツ
RPSでは来たる8月に写真展の開催を予定しております。