鈴木 萌 作「SOKOHI」:カッセル審査員モーリッツ・ノイミュラーと写真集コレクターのオリバー・バーゴールドによる写真集レビュー
2019年度の写真集制作ワークショップ「Photobook As Object」の参加者で昨年2020年12月にはアーティストブック刊行と写真展「SOKOHI」をRPSで行った鈴木萌。
そのアーティストブック「底翳」が先日2020年カッセルダミー賞で特別賞を受けました。カッセルの審査員のモーリッツ・ノイミュラー氏と写真集コレクターのオリバー・バーゴールド氏から書評をいただいたのでここで紹介させていただきます。
「Visual Ease Black」は、社会福祉法人「ひかりの家」の工房で作られている、手作りのスパイラルノートである。ページが黒いので、弱視の人にとって便利なのはもちろん、アーティストにとっても魅力的で、技術的な図面を描くのにも使いやすいツールでもある。
「SOKOHI」は、2019年に後藤由美のワークショップでコンセプトが発展させられた、鈴木萌のアーティストブックである。緑内障を患い、徐々に視力を失っていくアーティストの父親の物語を語るために、視覚障害者が作ったノートを構造的・隠喩的な支持体として用いることは、物語が語られる上で重要な意味を持ちはじめる、少なくとも、私たち、晴眼者の世界においては。鈴木のような優れたブックアーティストのおかげで、「写真集」の定義ははさらに流動的で開放的になり、いわゆるアーティストブック(作家が手作りで作る本の作品)の世界と途切れることなく融合していっている。アーティストの父、鈴木徹一の個人的なメモや写真が収められた『SOKOHI』は、彼が徐々に視力を失っていくのと並行して、最後にはどんどん穴で覆われて朽ちて行く。娘は、父の目の裏側で起こっていることを理解しようとし、私たちに見せようとする。それは父の視野の中の「盲点」を模したものであり、アーティストが父の内面に感じているものでもある。非常に精巧に作られたこの本は、同情や悲しみを求めることなく、親密な方法で私たちの心に触れてくる、純粋なビジュアル・ポエトリーの醍醐味だ。
モーリッツ・ノイミュラー
当初、視力を失うというテーマを本の形で伝えるのは不可能に近いと思っていたが、しかしそれは全くの間違いであったことに気づかされた。作者の考え抜かれたレイアウトと非常に一貫したイメージの順序が、この本に驚きベき深みを与えている。読者は、ただページをめくるだけの存在ではなく、この作品を通して知的にだけでなく身体的にも経験を共有することができる存在へと変化する。これは確かに、本にはめったに見られない特徴だが、作者の父の経験を読者に体験させるという点において、「底翳」は見事に成功していると言える。もちろんこの体験は簡単なものではなく、読み終わった後は疲労感に包まれるのだが…。
それを踏まえると、PhotoKasselが「底翳」をユニークな「芸術作品」と呼ぶのは正しいだろう。これは「経験」する本で、鈴木はこうした特別なものを作ったことを誇りに思うべきだろう。このようにRPSのアーティストたちが、信じられないような良い作品をたくさん生み出していることに、私は常に驚かされている。皆素晴らしい仕事をしていて、とても大好きな作品たちだ。
フランクフルトに「Dialog Museum」という美術館があり、入館すると目隠しをされ、目の不自由な人がガイドとなって様々な部屋や状況を案内してくれる。目が見えないということを短時間だけでも経験できる企画だが、鈴木の本はその体験に近いものと言えるだろう。
オリバー・バーゴールド