【連載企画 Artist Voice】:林田真季 ISSPレジデンシープログラム滞在レポート①

RPSのワークショップや企画展、年間のメンターシップを経験した作家が、国内外のあらゆる写真関係の取り組みに参加し得たレポートを不定期で連載していきます。連載ではとくに、作家それぞれの経験が今後のRPSとの将来を見据えたコラボレーションにも繋がる可能性があるものを主に取り上げてご紹介していきます。
今回は先頃ラトビアで開催されたISSP(International Summer School of Photography)のレジデンシープログラムに参加した林田真季の滞在レポートをご紹介します。林田はメンターシップを通して取り組み続けてきたプロジェクトでレジデンシーに参加。今後更に発展させ、来年2019年度夏頃に企画展および本の刊行を予定しています。

ISSP(International Summer School of Photography)は、夏の時期に毎年開催されている9日間のプログラム型ワークショップです。ラトビアと聞くと日本ではあまり耳馴染みのない国かもしれませんが、北海道東川町国際フェスティバルでも関連プログラムとして派遣オーディションを開催していたこともあり、毎年日本からも作家が参加しています。世界各国から選ばれたマスター達によるコースが用意されており、それぞれのワークショップを経て、最終日には成果発表なる展覧会を行うという内容。その中でもResidencyコースは今年新たに開設されたもので、参加者が各々のプロジェクトを自由に進めて、適宜マスターからアドバイスをもらい発展させることができます。

Part1では林田がISSPの参加に至るまでの経緯、新作について取材したものをまとめており、Part2では彼女自身による手記でラトビアへの滞在・ISSP参加記録の日々を日記形式でご紹介いたします。

©International Summer School of Photography

林田がISSPの存在を知ったのは2014年のことでした。RPSで行われていた後藤由美とJan Rooselによる「第一弾ハンドメイド・フォトブック・ワークショップ」(PhotoBookAsObjectの前身なるもの)に参加していた林田は、ゲストとして来日していたISSPマネージングディレクターのJulija BerkovicaとLiana Ivete Benkeのプレゼンテーションを聞いていました。※JulijaとLianaによるISSP創設についての記事はこちら

ISSPマネージングディレクターによるトークイベント:Julija(左)Liana(右)     第一弾ハンド・メイド・フォトブックワークショップ関連イベントにて

その当時、林田は日本の里山・里海を軸にしたプロジェクト「JAPAN-GO-ROUND」(2014)に取り組んでおり、もともと日本の地方の魅力を海外の人に伝えたいという思いから写真活動を始めていましたが、ワークショップを受け、日本にいながらも、どこか異国の地に見える風景を写真として切り取っていたことに気付かされたそうです。

「JAPAN-GO-ROUND」2014©Maki Hayashida

「JAPAN-GO-ROUND」2014©Maki Hayashida

自身の写真の選び方が確立され、意識して制作を行うようになったその視点は最新作「Almost Transparent Island」において新たな発展を見せています。「JAPAN-GO-ROUND」では浅く広く様々な土地を訪れていましたが、次作「The Pacific Tourist 」(2015)を経て、最新作では1つの島に焦点をしぼり、その土地にまつわる歴史を掘り下げ、現地で調達した古写真とともに、現在の眼でとらえた風景を写真集という形でまとめていきました。

「Almost Transparent Island」2018 ©Maki Hayashida

新作の舞台となっている豊島は、今では直島に続いてアートの島と呼ばれ、国内外から多くの人々が訪れる人気の観光地となっていますが、1965年ごろから土地を所有していた業者による有害産業廃棄物処分場として利用されていたという過去をもっています。政治的な因果関係によって解決が難航していたこの事件は地元住民の強い思いのもと、2000年に公害調停が成立し、その後廃棄物が持ち込まれることはありませんでしたが、約10年にわたって運び込まれ、積み重ねられた廃棄物による汚染土壌は非常に深刻なものでした。公害調停の前の調査によると、猛毒なダイオキシンが高濃度で検出され、鉛やトリクロロエチレンなどの有害物質の数値が基準を大きく上回っていたそうです。また、2012年度末までの処理量は全体の6割(約56万トン)、廃棄物と汚染土壌の送料が93万8千トンであったことが判明。その後も処理をつづけ、廃棄物の選別や島からの搬出、直島での溶解処理などのプロセスを経て、2017年3月28日、豊島に不法投棄された約91万8000tの産業廃棄物の搬出が完了しました。ですが、土地からの搬出を終えただけで、搬出後の廃棄物処理は未だに継続しています。そして2018年1月25日には地表から約1.5m下から汚泥85tが発見されたとのニュースが報道されました。豊島の土壌汚染問題は今もなお根強く残っているのです。

今回ISSPで制作したダミーブックは、一見、澄んだ青の美しい海の風景のように見えますが、折られたページをめくることで、現地で収集した事件当時の写真が現れます。鑑賞者自身が”めくる”という主体的な行為をすることで、見ようとしないと見えない真実を表現しています。また、透けて見えるような薄い紙を使用することで、私達の目の前の風景は、過去を経ての現在の光景、という表裏一体の様を体現しています。

©Maki Hayashida

©Maki Hayashida

©Maki Hayashida

表紙のカバーも表と裏で異なるイメージが重なっていく©Maki Hayashida

日本に住んでいながらにしても、見たことのない風景、知らない地名、はるか昔に起こったであろう土地の、歴史的な記憶の断片(遺跡や博物館、地名など)に出会うことは、大なり小なり誰にでもありうることですが、それを意識しながら世界を見つめることに関して、我々に初めて出会ったかのように思わせてしまう独特な風景の切り取り方と色合いは、彼女のいる場所が母国・異国に関係なく、新鮮な気持ちで目の前の風景と向き合う姿勢があるからのように思えます。アートの島としての豊島ではなく、美しい風景の裏側にある積み重ねられた土地の歴史や、人々の暮らし、出来事に焦点をあてて本を構成し、伝えていく姿勢は、初期の「JAPAN-GO-ROUND」から発展しつづけている林田独自の視点ともいえるでしょう。

ラトビアから帰国後も完成に向けて製作中©Maki Hayashida

考案している表紙パターン・表©Maki Hayashida

考案している表紙パターン・裏©Maki Hayashida

ISSPレポートPart2では、林田によるISSP参加の日々を綴った手記をご覧になれます。ISSPとはどんなワークショップなのか、また、成果発表展示に向けての思考の変遷などが林田自身の言葉によってレポートされます。ぜひご一読ください。

企画取材、文責:小池莉加
写真提供:林田真季

ISSP(International Summer School of Photography)
開催日程)2018年7月28日〜8月5日
場所)Pelči, Pelči parish, LV-3322, Latvia

こちらのリンクから、2018年度の各コース最終成果の様子がご覧になれます。

林田真季 Maki Hayashida

1984年生まれ。兵庫県出身。東京都在住。
関西学院大学総合政策学部卒業。
2014年Reminders Photography Stronghold主催の写真集制作ワークショップで手がけた手製写真集「JAPAN-GOROUND」が海外からの評価を受け、本格的な写真活動を始める。六甲山国際写真祭2015にて、Emerging Photographerに選出。2016年シンガポール国際写真フェスティバル展示作家。