インターン久光インタビュー第2弾「Gwen Leeさん:DECK、シンガポール国際フェスティバルについて」
RPSに7月よりインターンとして働き始めた久光が、ふとしたご縁で繋がった写真界の最新の動きや取り組みをその中心となっている人物に取材、紹介をしていく不定期連載をはじめます。
違いを認めながらも多様性を受け入れ、表現の場や作家の活動の選択肢を広げていくこと、写真を学ぶ自分自身にとっても、将来に繋がる可能性をその中から感じ取っていけたらと思っています。RPSの本来の理念や方向性とは違うものだとしても、写真を通して自己表現をしようとする人たちにとって参考になる内容を取り上げていく予定です。
今回は天王洲アイルにて開催をされたTokyo Art Book Fair (10/5-8) のためにシンガポールより来日されたGwen Leeさんです。彼女はアートスペースDECKの共同設立者であると共にシンガポール国際写真祭の企画など、国際的に活躍されているアートディレクターです。10月9日にRPSにて開催されたPhotobook as an object / Photobook who cares 写真家トークイベントにもスペシャルゲストとして登壇して頂きました。
今回はインタビューという形式ではありませんが、是非この情報を多くの方と共有したいと思い記事としてまとめました。
【DECKについて】
2014年にオープンしたシンガポール及び東南アジアの写真文化の育成とコミュニティ支援を目的としたアートスペースで、名前には以下の意味が込められています。
D = discovery (発見)写真に関する発見をし
E = engage(携わる)自分に何ができるか考える機会と
C = community コミュニティの輪を広げる機会と
K = knowledge(知識)学びを深める環境
を提供する総合的な場所を目指して命名されたそうです。
今年でオープンして3年目となるDECK。2008年より既に写真に関する活動は始めていました。そこでは作品を発表するアートスペースと共に、約4000冊の写真集を所蔵する図書館を持っています。
写真家というものは自分の作品を作成するのに長い時間を費やすものだが、機会作り(プラットホーム)を作ることに時間を割くことはあまりしない。そのことがアートスペ―スを設けるきっかけとなったのだと語りました。そして2013年よりさらに活動ができるようにと場所の獲得をします。DECKがあるのはシンガポールの中心地。何もない所から自主的に立ち上がった活動としてはシンガポールで初めての場所となります。
DECKの活動は、政府による助成に頼るのではなく、活動に賛同してくれる方々からの寄付とスポンサーにより支えられています。そのためにも、自分たちが何を目指して、何を形にしようとしているのかを知ってもらうきっかけとして、DECK設立に関する映像を作成し、公開しました。
The Making of DECK – People, Place & Photography from DECK Singapore on Vimeo.
発足当初からすべてが円滑にスタート出来たわけではありませんでした。自主的な活動ゆえに誤解されたり、活動を受け入れてもらえないこともありました。そんな中、4人の意欲ある理解者が集結し、Gwenさんが取り仕切りながら実績を積み上げてきました。
DECK : http://deck.sg
【シンガポール国際フェスティバル】
2年に一度DECKとフェスティバル運営者による共同企画としてシンガポール国際フェスティバルが開催されています。基本的に作品は公募制。カテゴリーはあるがテーマを設けることはしていません。
フェスティバルはシンガポール市内の数カ所で開催されます。
前回は市内の地下鉄6ヶ所で展示したり(利用者含め約20万人の目に触れる機会を持てた)、別の回では市内の中央図書館や国立美術館などで展示したりと、様々な形態に挑戦してきたそうです。
開催場所を獲得するのに4~6週間という期間の開催が難しいケースがほとんどであることや、公の場で作品を見せることになるといろいろな許可を取ることが必要になるなど、フェスティバルを開催するには様々な苦労があると語りました。DECKで公募がかなり前から募られます。理由は1点ずつ精査・許可申請する必要があり、その数と苦労は、アジア中から作品を募るという形式上、計り知れません。毎年開催をしないことも場所の確保・スポンサーの獲得が難しいという理由からです。
公募で選ばれたものの作品制作に関わることにはDECK側のサポートが入ります。
前回のフェスティバルでは、ドキュメンタリーの観点でアーカイブを使用する作品が多く見られました。作品のテーマ性を前に出すことで、政治的なメッセージがたとえそこにあったとしても、作品に含まれた芸術的な要素と、その作品自体をシェアする意義を優先し、いたずらに排除されずに発表できると考えているそうです。
シンガポール国際写真祭関連URL : http://sipf.sg
【フェスティバルに関連した教育的取り組み】
2012年からは教育にも力を入れはじめました。ティーンエイジャーを対象にしたzineを作成し、ピンホールカメラの組み立て付録を付けたり、どのように写真を見るか、視覚的なリテラシーというものを学んでもらえる内容を掲載しました。また実際にフェスティバルで使用された作品などを交えながら、その写真をどうやって読み解いていけるのか記しています。
zineを作成しても、流し読みされるケースが多く、その内容が読み手に定着しないことが懸念されました。それを避けるために、出来るだけ「考えながら読める」ものにしたそうです。例えば、二つの国から発信された写真を並列することで、それぞれの国の持つ写真の特性を比較できるページを設けるなど、工夫を凝らしました。また、ストレートに写真を見ることも勿論大事だけれども、複雑な構造の中にある写真というものを考えることも大事だと示しました。
もともとはティーンエイジャー向けに作ったzineが、実は大人の反響が大きいのですと、Gwenさんは笑顔で話をしてくれました。
【Steidl Book Award Asia】
DECKでは昨年春に”Steidl Book Award Asia”を開催していました。DECKにおいてSteidlの本を展示し、その企画をディレクションしたのがGwenさんであり、企画に伴い設けられたのが上記の賞です。ダミー本があり、アジア出身であること、出版未経験で、まだ生存していることが応募要項でした。
Steidlとは「世界一美しい本を作る」と称されるドイツの小さな出版社です。ドイツ市内の中でも古くからの歴史をもつ場所に土地をもち、一つの建物の中に図書室から作業場、宿泊施設を備えています。その建物の中で幾多の写真集が作られてきました。
本が作られる上で重要なことは、その作家が表現したことがこの先にずっと残るということだ。私はアーティストでもデザイナーでもないが、一つのダミーブックから素晴らしい本が生まれるということを知っている。とGwenさんは語りました。
DECKがオープンするときにSTEIDL社より約1600冊の写真集が寄贈されました。その際にSteidlが他に自分にできることはないかと問うてくれたことがあり、もっとアジアの作家が作った本が並ぶことを願うと伝えたといいます。それがこのアワードの始まりともなりました。応募で送られた本はすべて彼の元に送られ賞が決定されます。そしてGerhard Steidl、クリエイティブディレクターであるTheseus Chan、Gwen Leeの三人によって選ばれます。当初は受賞者は一名の予定であったが最終的に発表をする前にSteidlが受賞者は1名に決める必要はないと述べ、計8名の受賞となりました。
300以上の代理販売店があり、1000~1300ほどの部数が刷られます。それでも名の通っているSteidlから出版されるものとしては未だ少ないと考えられます。結局質をとるのか量をとるのかというところで非常に難しくなるのです。Steidlの出す本として1300冊というのは少ない数字となるために豪華本という扱いとなります。博物館が作っているカタログなどは大量に生産され多くの人の手に渡ることになるが、誰にでも届くという訳ではありません。アーティストブックは小さいエディションから作っているため値段が高くなってしまいますが、8冊が一つの箱に入ったものを200冊販売したものは既に売り切れたそうです。
アジアの中で本を作っていると、流通できるものは非常に限られているが、こういったアワードを通すことで世界的に広がり、多くの人に見てもらえることが大事だと考えている。そしてアジアの作家によって作られた写真集が、もっと多くの人の手に届くよう願っていると語り締めくくりました。
Gwenさんのお話はシンガポールに限らずアジアにおける精力的な活動への熱意が感じられました。素晴らしい機会を持つことができたことに改めて感謝致します。
また貴重なお話と共にシンガポール国際写真祭の過去のカタログやティーンエイジャー向けに作成をしたzineなどをRPSの図書室に寄贈して頂きました。ぜひご覧ください。
今年のシンガポール国際写真祭の公募は10月12日からオープンコールが始まっており、2018年3月が締め切りとなります。しっかり作品を準備して興味のある方は是非応募してみてはいかがでしょうか。
【プロフィール : Gwen Lee】
アートディレクター。シンガポール国際写真祭及びDECKの共同設立者。
彼女は、2008年から第6回目となる2018年まで(ビエンナーレ開催のため)シンガポール国際写真祭の共同設立者の一角を担う。2014年には写真に特化したコンテナスペースDECKを共同設立。もともと彼女は、美術館業界で6年間の経験があり、2008年に2902ギャラリーのマネージングディレクターに就任。そのマネージング下で、2902ギャラリーは、シンガポールにおいて現代東南アジア写真展や国際的なアートフェアの展示に不可欠な場として機能している。2010年には、彼女のシンガポールのアートシーンに対する貢献が評価され、Japanese Chamber of Commerce and Industry Culture にノミネート、賞が授与された。アジアの様々な写真展を企画し、アジア地域の審査員として招待されている。
過去5年間、彼女は国際写真祭でポートフォリオ・レビュアーとして積極的に参加しおり、2013年には、ゲーテ・インスティトゥート(シンガポール)主催のドイツでのキュレーション・ツアーに参加。これは現代写真に焦点を絞ったもので、これを機にベルント&ヒラ・ベッヒア展がシンガポールで初めて開催されるに至った。2009年から、彼女は中国、イスタンブールなど多くの海外展示をキュレーションし続けている。2016年には、森山大道の初期(60〜80年代)を扱う彼の個展をシンガポールで初めてキュレーションした。直近では、アジアの写真家8名がめいめいの写真集を一つずつシュタイデル出版で作り上げるというプロジェクトを達成。2018年には、オークランド写真祭に海外からのキュレーターのひとりとして招待されており、同年秋に3名の写真集をリリースすべく編集に携わることになっている。
文責:久光菜津美(RPSインターン)
編集:楠本涼