ホロコーストを伝えるために家族の写真を燃やす 写真作品読解・眼光紙背を磨く #5 サラ・ダヴィッドマンの「マイ ネーム イズ サラ」

キュレーターの後藤由美が提案した海外の写真作品をRPS京都分室長で写真家の松村和彦が読み解く「眼光紙背を磨く」。第5回目は、サラ・ダヴィッドマン(Sara Davidmann)オンラインプラットフォーム「My name is Sara」を取り上げます。

自宅のパソコンで見る作品がこんなにも胸に迫るとは予想していなかった。私のように机の周りに家族や大切な人との写真を飾っている人は、「My name is Sara」のウェブサイトで、燃えていく家族の写真を見つめることは、展示や写真集とも異なる特別な体験になると思う。場所や時間を超えて、私が暮らす今、ここに、私と同じように家族を持っていた人が、大切な人を失った悲しみが立ち現れた。

燃えていく家族写真は、「レオポルドのために」と名付けられたビデオ・インスタレーション。レオポルドは作家の祖父の名前で、第2次世界大戦中のナチスドイツがユダヤ人などに対して行った大量虐殺「ホロコースト」で亡くなった。

この写真にも、ホロコーストで行方不明になったり、殺害されたりした作家の家族が含まれている。作家は叔母が作った家族アルバムから写真の複製を作り、ゆっくりと燃えていく様子をビデオに撮った。

ウェブサイトは、「My name is Sara」のオンライン作品として制作され、作家のウェブサイトからも独立して、切り離されている。オンラインマガジン「Photomonitor」のインタビュー記事で、写真展と本の出版後に作られたことが紹介されている。作家は、作品と同じ空間にいられる写真展の重要性を認めた上で鑑賞できる人の数が制限されること、オンライン・プラットフォームを工夫して制作したことを話し、「My name is Saraの根底にある考え方に、世界中の人々が触れることができるようになったことを嬉しく思います」と話しています。その言葉の通り、遠く離れた日本で、私はオンラインで作品に触れ、感動しました。

https://photomonitor.co.uk/interview/my-name-is-sara/

素晴らしいオンライン形式の作品ということ以外にも、お伝えしたいことは山のようにあります。

前述の通り、「My name is Sara」はドイツ系ユダヤ人の作家の一族を襲ったホロコーストについて伝える作品です。過去の出来事を伝える方法として、アーカイブの活用は大切ですが、今作で作家は入念なリサーチとシンプルかつ強力なアイデアで、アーカイブを活用した作品制作に取り組んでいます。

燃やした写真は、「死者と生者のための祈り」と名付けられたインスタレーションでも用いられています。

 

https://mynameissara.co.uk/

写真の断片は、ホロコーストで殺害された家族の写真を焼いたものです。

マリアンヌ・ハーシュ(Marianne Hirsch)さんが作品に寄せた文には、作家が写真を「破壊」することについて、アーカイブの限界とアーカイブに手を加えることの意義を以下のように記しています。

「写真は、戦前の過去に戻ることを可能にし、その過去を現在に伝えるが、そう簡単に橋渡しされるべきではない暴力的な消滅をあいまいにしてしまうのだ。 ダヴィッドマンの作品は、その閉塞感に異議を唱え、私たちにそれと向き合うことを迫っている」

ホロコーストで亡くなった人が穏やかに生きていた過去の写真を提示するだけでは、足りないのだ。焼くほどの苦しみが写真に写る人々に起こったのだ。

一方で、焼かれてもなお美しさを失わない写真が選ばれていることに、作家の死者に対する畏敬の念を感じます。写真の断片には、作家の髪の毛と小さな石が針金と糸で取り付けられています。作品に添えられた説明には、「死者の墓に石を置くのはユダヤ教の伝統であり、死者への追憶と尊敬の行為である」「石を置くことで、私たちはそこにいたことを示し、その人の記憶が私たちの中で、私たちを通して生き続けていることを示すのです」とあります。

悲劇を悲劇として受け止める一方、写る人ひとりひとりに尊厳ある生があったことを知り、感じること。過去の大戦を体験していない私たちに求められていることだと思いました。

写真を焼くこと以外にも、作家の髪や血を用いるなどさまざまな写真表現や、書かれた文章に作家の深い思いが込められています。ぜひ読者のみなさんが暮らす家からアクセスしてみてください。

「My name is Sara」のオンラインプラットフォームはこちらからアクセスできます。
写真集も出版されています。詳細はこちらから。

 

文:松村和彦

まつむら かずひこ : 京都新聞の写真記者として働きながら、作品制作に取り組む。認知症についての写真展「心の糸」で2022年KG+SELECTグランプリを受賞、これを受けて2023年の京都国際写真祭KYOTOGRAPHIEで展示することが決定している。他の作品に、医師の早川一光さんの人生を通じて日本の社会保障史をたどった「見えない虹」、自身の家族の生と死を通じて命のつながりを描いた「ぐるぐる」など。2022年4月よりRPS京都分室パプロル分室長を務める。

Instagram:@kazuhiko.matsumura81

Facebook: https://www.facebook.com/kazuhiko.matsumura81/

 

タイトルに使った「眼光紙背」とは、本に書いてあることを理解するだけではなく、深意に届くことを意味する四字熟語。「がんこうしはい」と読む。この連載は眼光紙背を磨きながら、皆さんと一緒に作品を鑑賞することを目的にしています。

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#3 戦争が生んだ副産物は牧歌的なロシアを真っ直ぐに見せてくれない アレキサンダー・グロンスキーのインタビュー
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