[イベントレポート]千賀健史 写真展「The Suicide Boom」

千賀健史 写真展「The Suicide Boom」のオープニングイベントとして11月3日に開催されたアーティストトークを元に作品解説の記事を公開いたします。ぜひご一読ください。

千賀は約2年前にRPSを訪れて以来、これまでに2冊の写真集を制作・販売してきました。
2016年に開催された実験的アトラスラボワークショップ「コンセプトや現実に裏付けされた抽象的で超常的な写真芸術表現」に参加をし、制作された「happn」。そして2016年Photobook Master Classにて制作された「Bird, Night, and then」です。

千賀は仕事として商業的な写真を撮る一方、個人の作品ではドキュメンタリーに取り組む二面性を持っています。RPSの後藤由美はそんな千賀のプロジェクトを作品化していく際のスピード感や、撮影するときに何かを発見する力、プロジェクトの取り組み方やアプローチ方法に感心し高く評価していると言います。

第1作目「happn」はワークショップの期間中、わずか2週間ほどで制作されました。「happn」はマッチングアプリケーションの名称で、同じアプリを持つ者同士がすれ違うことでお互いのプロフィールを知ることができるというものです。千賀はそのアプリにより、日頃、街中でどんな人とすれ違っていたのか、彼らが一体どういう人間なのか、自分の周りにどんな人たちが暮らしているのか知ろうとしました。そして私たちがいかに他人に無関心に過ごしているのかを写真集を通して表現しました。

インドを舞台にした第2作「Bird, Night, and then」は千賀がRPSを訪れる前から進めていたプロジェクトでした。後藤が初めてその写真を見たとき、他の写真家の視点とは何か違うものを感じたと言います。
インドは場所として写真にしやすい。しかしそれは言ってしまえば”one of them”になってしまう可能性を含んでいます。他国を撮影した写真は地元の人からすれば、外国人の目線から撮っているものだと見られることが多くあるのです。作家はそう思われないように気を付けなければなりません。
しかし対象に深く入り込む千賀の作品は地元の人に深く興味を持たせる結果になりました。まるで地元の人が撮った写真のようだという評価を受けることもありました。

この作品はガーディアン・ガーデン主催の「1_wall」にて第16回グランプリを受賞しました。グランプリ特典として個展開催が決まっていました。しかし「Bird, Night, and then」は作品として完結させたものであり、これ以上発展させることはできないと考えた千賀は新たなインドのプロジェクトとして「Suppressed Voice」を制作し、2018年1月に個展を開催しました。

そしてRPSで制作した作品として3作目となる本展「The Suicide Boom
本作品は9月5日からオランダで開催されたBredaPhoto Festivalにて初披露されました。BredaPhotoは2年に1度開催されるヨーロッパの中でも大きい写真祭のひとつで、今回初めて外部からのキュレーターを招くプログラムが組まれました。そこにRPSの後藤がキュレーターの1人として参加し、フェスティバルの公式なコミッションプロジェクトとして企画発足から1年ほどかけて取り組まれました。


今回のBredaPhotoのテーマは「無限の彼方へ」。フェスティバルに向けてのミーティングが行われる中で、「科学」や「未来」等の現在の写真のトレンドとも言えるようなキーワードが挙がってきました。
しかし後藤の「無限の彼方へ」に関する解釈はそれとは違っていました。繰り返されている行為はなぜ起きて、人にどのように影響を及ぼすのかという問い。そしてそれらを経験した人物や物事が実在する(した)ということでした。そしてかねてから興味のあった「自死問題」をテーマにしたいと考えました。
後藤は千賀に話を持ちかけました。千賀の独特な視点から新しい問いや興味深い何かが生まれるのではと考えたからです。

「自死問題」をプロジェクトとして進めていくことに興味はないかと問われた時、千賀は老人女性2人が手を繋いで線路に飛び降りた事件を思い出しました。この事件について「言葉は悪くも、老い先短い2人がなぜ大変な想いをしてまで、自死に踏み切らなければならなかったのか。平穏な死を待つ事は出来なかったのか」という疑問を抱くとともに、「想像は進むが、当人への取材は不可能であり、それがまたこの問題に対する解決策の思案の難しさである」と、制作ノートに残しています。

また千賀は昔から、友人が自殺してしまったことについて何かの形で残せないかと考えていました。しかし彼の死後もなおSNSにバースデーメッセージの投稿が見受けられたことなどから、自分がプロジェクトを進めて行くことで、自分自身が彼の死を決めてしまうのではないかと懸念していました。それでも疑問に残ったままであった「なぜ彼は自殺してしまったのか」ということについて知るためにもプロジェクトを進めることに決めました。

プロジェクトの先駆けになったのは1933年に伊豆大島の三原山で起きた、ある1人の女性の自殺についてでした。事件はその後、同じ場所で同じような自殺行為を944件引き起こしたと言われています。
多発する事件の背景には当時のマスメディアの存在がありました。新聞や雑誌などでの彼女の死は「美しい死」や「花嫁」などといった自殺を美化するかのような言葉で語られていました。また自殺の件数をカウントする表現や「またも二人」などの反復表現があることで、自分もあとに続かなくては、という思いを抱かせ、読者に影響を与えました。
事件以来、当時伊豆大島に向かうフェリーは連日満員、三原山火口での自殺が当時の流行となったのでした。

この写真は千賀が伊豆大島の宿に泊まっていた際に撮ったものです。隣の物置部屋が開いていたため中を見てみると、大量の蜂が窓の近くで死んでいました。蜂は窓から外に出ようとしましたが、閉まっていた窓が開くことはなく、そこで死んでしまっていたのです。しかし後ろには外に出られるドアが開いていました。
この写真は自殺をした人のメタファーとなっています。「これしかない」と思い込むことによって、別の道があるのにも関わらず視野狭窄になって死へと向かってしまうのです。

また今回のタイトルである「The Suicide Boom」の「Boom」は語源が蜂の羽音「ブーン」からきていることから、今回の作品全体のメタファーにもなっています。

この話を聞いた後藤は「比喩的なイメージは重要だが、説明されないとわからないものも多い。説明が必要な写真は意味がないと考える人もいるが、そうではない。説明がなくとも鑑賞者は抽象的な写真から何かを受け取る。解釈の差異は生まれるかもしれないけれどもそれはそれでよい、その幅はむしろ必要である。但し「なんとなく」ではなく、作家はイメージの創作意図を明確に持っている必要がある。取り上げるテーマは複雑な構造で成り立っていることが多く、そのことを表現するために作られる一つの視覚的表現は「単」に表現するだけでは見えてこない幾重ものレイヤーを必要とする。そのレイヤーの一つひとつに重要な比喩的作意、表現が含まれている。」と語りました。

三原山から始まった取材でしたが、それだけでは「自死問題」に関するプロジェクトは終わりませんでした。千賀自身の身の回りで起きた出来事のリサーチをはじめ、プロジェクトの元ともなった友人の死に向き合うことにしました。

彼は2015年8月に命を絶ちました。その前兆と思えることとして、2011年に自殺の名所巡りをしていたのです。青木ヶ原樹海や東尋坊などを巡り、西へ西へと向かいましたが失踪から2週間後に広島付近で警察に保護されています。
その後周りからの支えなどもあり前向きになった時期もありましたが、2015年に挫折を経験した彼は帰郷し、練炭による自殺で亡くなりました。


これは追悼のために彼の故郷である北海道へと向かう船の中で撮られた写真です。暗く狭い船内から差す光は、広く光る向こう側を想像させます。千賀が乗った船は彼が帰郷の際に使った船と同じ船です。当時の彼にはこれが希望の光のように見え、この光からの誘いはもうそこしか道がないと思わせたのかもしれません。そしてその道が彼にとっては「自殺」という選択だったのです。

千賀はその後も2011年に彼が辿ったと思われる道を追走しました。樹海や東尋坊へ身を運ぶ車両はただただ前方へ進んでいきます。それに対して千賀は横道へ逸れる歩道や向こう側に見える家々などに視点を向けた写真を撮影しました。一方向にしか向かえないと思っていても本当は別の道があるはずなのだという思いを写したのです。絶望的な状況にある人は「世界から色が消えた」と言う時があるため、写真は白黒で撮影されました。

彼が自殺の方法として選択した練炭自殺は、ネット上では「天国への道しるべ」や「苦痛がない」などと広められています。そのため練炭自殺は「苦しまず、楽に死ぬことができる」というイメージを生んでおり、おそらく彼もそう思っていたひとりだったのです。練炭自殺も楽ではないと思っていれば、自殺の名所で恐怖心に襲われたように、実行していなかったかもしれません。誰かが作り出したイメージや不確かな情報が社会の中でまかり通り、影響を及ぼし、私たちを揺らがしているのです。

 

【メタフォリックイメージの解説】

自殺には衝動性が深く結びついており、それらは特に若者に多くみられると言われている。若者の脳は大脳辺縁系と前頭前野の成熟度合の違いから、衝動的な行動を起こしやすいとされている。「若気の至り」というのは感覚などではなく、生物学的に起こってしまうものである。
脳の中で起きていることや衝動的な行動や精神的な病気を抑制するために脳に電極を入れて制御するという特許があり、これはその装置のイメージを再現したもの。(©︎Kenji Chiga / The Suicide Boom)

彼の兄が死んでしまったことを受けて母親が後追い自殺をしようとしていた。母には死を選ぶことしか見えていなかった。しかし彼の一言で母の考えが変わった。これしかないと視野狭窄になる結果死に近づいてしまうが、たった一言やほんの少しのイメージの違いでそれが大きく覆ることがあるのだ。
インフォグラフィックスや様々な統計で出た情報を彼らの背景に配置することで、彼らの背景にどういう情報や仕組みが隠されていたのかを可視化した。文字のサイズも大きくすることで鑑賞者が離れて見ることを意図している。そうすることによって直接的に関係している写真以外のものも視界に入り込み、様々な要素が複雑に絡み合っている様子を無意識のうちに感じ取ってもらおうとしている。
(©︎Kenji Chiga / The Suicide Boom)

今回の制作で核となるものの一つが人の行動に影響を与える目には見えないマインドウイルスの存在だった。 それを視覚的に表現するにあたって、まずは過去の報道に用いられたアーカイブイメージを 繰り返しコピーすることで崩壊していくイメージからウイルス的なイメージの獲得を試みた。これは模倣という行為のトレースにもなっている。 最終的にその繰り返し行為そのものは本の構成上使わないことになったが、その過程でできたドットのイメージをメインビジュアルである反転した女性のポートレイトに使用している。 プロジェクターを用いて、そのドットのイメージを体に投影することで私たち日本人がマインドウイルスに感染しているということを示している。(©︎Kenji Chiga / The Suicide Boom)

このジェンガは精神構造や人生のメタファーとして提示されている。積み木を抜き、重ねるという行為は私たちの繰り返される日常としても捉えることができる。それらは不安定ながらもバランスを保ちながら存在しているが、何かふとしたきっかけで崩れてしまう。それは予感はありながらもあまりにも突然の出来事だった。積み木を積む手は千賀の友人である。彼女も1年前に自殺未遂を経験している。またいつ同じように自殺を試みてしまうか分からないと言う彼女は、何度も崩れそうになる積み木を上へ上へと伸ばした。

 

駅のホームで耳にする「人身事故」の言葉。私たちはその言葉と「自殺」を結びつけてしまう。しかし実際には自殺に限らずさまざまな事故を指している言葉だ。SNS上に溢れる「人身事故」に関する投稿は多くが誰かの死を悲しむのではなく電車の遅延を迷惑がるものばかり。しかしどこまでが彼らの本心なのだろうか?世の中の多数が迷惑がっているという推測からいつの間にかそのような意見に染まってはいないだろうか?また、個人の感想として何気なく書いたものが想像もしないところで誰かに影響を加える可能性を彼らは考えているだろうか。(©︎Kenji Chiga / The Suicide Boom)

硫化水素」に関するスレッドが立てられ、多数の書き込みがされました。デフォルトの名前は「優しい名無しさん」。その名の通り、スレッドに寄せられるコメントは優しい言葉ばかり。「気をつけて」「がんばれ」等の言葉。しかしそれらは自殺志願者に向けられた言葉だった。苦しみを抱える者同士だから投げかけられたその優しい言葉は本当は苦痛がなくなることを願っているだけなのではないだろうか。しかし、その言葉に励まされるように実際に行動を起こしてしまう人や、あるいは優しいふりをして自殺行為を煽る人もいるのだ。

これは、安楽死装置を開発しているフィリップニチケ博士が彼らの団体の活動理念を紹介するビデオやpdfの背景でピンクや紫という色を多用していることから使っている。 色彩心理学ではピンクは人に幸福感を感じさせる色だとされており、それを彼らが知っているかは不明だが一般的なピンクを使う意図として柔らかな印象を与えたかったというのはあるだろう。 彼らの作る安楽死装置は見た目もカッコよく、あるイベントで装置の紹介のために彼らが用意した安楽死のVR体験では綺麗な海辺に浮かぶ装置と穏やかな風景、そして静かに消えていく意識の体験だった。 それが現実かどうかは実際に死ぬことでしか確認できないだろう、しかしそれゆえにこ のVR体験は人々に死ぬことと平和で穏やかなイメージを結びつけさせる。しかしその美 しい機械で実際に行われる、人々が結果的に手にする死というのは例えるならば首をつって死ぬということと同じなのだ。(©︎Kenji Chiga / The Suicide Boom)

千賀さんの2018年11月4日の投稿より

文責・写真:久光菜津美
編集:千賀健史、松村和彦

千賀健史 写真展「The Suicide Boom」会期は11月25日(日)まで
皆さまのお越しをお待ちしております。